男は走った…ひたすら村へ。
娘を助けるために。
男の名前はガゼル。魔法障壁専門の防具屋だ。
妻は3年前に亡くなり、娘と二人暮らしをしていた。彼は元々王宮の城下町出身であり、防具屋になる前は王宮で魔法障壁の研究をしていた。
ガゼルは研究者として一生生きていくつもりだったが、残念ながら十分な功績を残すことができず、王宮から追い出されてしまった。
彼は王宮から遠く離れたペルー村に居を移し、魔法障壁の研究を生かして魔法防具屋を営んだ。
娘と二人で魔法防具の開発に力を入れ、様々な防具を売り出した。やがて彼らが作成した魔法防具は品質が良く高性能であったため重宝され、彼の店を求めて数多くの冒険者や傭兵団が村に訪れるようになった。そのおかげでペルー村は流通が潤い、以前より活気な村となった。そんな背景からガゼルは村長から多大なる恩恵を受け、村の住民からは信頼を置かれていた。
彼は村の人が大好きだった。王宮から追い出された自分を受け入れてくれたこの村を愛していた。
しかし…今は娘の命が危ない…。
魔女マベルの要望は村の結界を解除することだ。村の結界はガゼルが開発した結界装置から発生している。幸いなことにガゼルは開発者のため結界装置に触れる権利を持っていた。
10年前までペルー村は結界師によって代々守られてきた。しかし魔物が年々凶暴化しており、結界師の結界魔法だけでは村を守れなくなっていた。そこでガゼルは村の仲間と共に魔法障壁装置の開発に勤しんだ。ガゼルは昔王宮で魔法障壁の研究をしていたこともあり、見事村全体に結界を張れる装置の開発に成功したのだ。ガゼルの結界装置により結界師がいなくても村に結界を張ることができるようになった。この日を境に村人たちは親しみを込めて彼を先生と呼ぶようになった。彼はこの村に居場所を感じていた…。王宮にはないこの暖かさを噛みしめていた…。
ガゼルはペルー村にたどり着いた…。もう日は沈んでおり、村には灯がともっていた。
魔法障壁装置はこの村のご神体にある。このご神体はこの村の象徴であり、神としても崇められてきたものだ。
ご神体には空洞があり、そこに魔法障壁装置を設置していた。しかしご神体の中に入るためにはカギが必要であり、そのカギは村長が保管していた。
ガゼルは急いで村長の家へ向かった…。
「ごめんください。ガゼルです」
ガゼルは村長の家をノックし、落ち着いて声をかけた。
ドアが開き、村長が自ら出迎えてくれた。
「おお、先生。こんな夜中にどうした？」
「すいません、夜中に失礼します…ちょっと緊急な用事がございまして…
どうも今日の昼間から村の結界が弱っているようで、早急に結界装置を見たいんですよ…」
「結界？それは大変だ…。弱っているのであれば今すぐ確認しなければならん。こんな夜中に結界が消えて 魔物が襲ってきたら大変なことになる」
「ええ…申訳ございません。お手数ですがご神体のカギをお借りしてもよろしいですか」
「ちょっと待っとれ」
村長は家の地下室に向かい、カギを取りに行った。
（…）
ガゼルは娘を一刻も早く救いたい思いで一杯であった。
しかし、村長の顔を見ていたら、胃のあたりが締め付けられるように痛み出した…。
（躊躇している場合ではない。俺は娘を助けなければならないんだ…しっかりしろ…）
ガゼルが思い悩ませているうちに村長がカギを持ってきた。
「わしもご神体へ行こう」
「いや……」
「どうした？」
ガゼルは村長が同行することを想定していなかったため言葉が出ずにいた…。
村長に結界装置を止めるところを見られるわけにはいかないからだ。
（どうする…？）
「先生急ごう。わしは嫌な予感がしてきたのだ…」
「いや…村長！お手数ですが結界師を念のためお呼びしていただけますでしょうか・・・
もしも結界が消えた時のために彼らの力が必要になるかもしれません」
ガゼルはとっさに案が浮かび村長にお願い事をした。
「結界師か・・。よしわかった。わしは結界師を呼んでくる。先に行ってくれ」
村長はガゼルにカギを渡し、走って結界師の家へ向かっていった。
村長が走り出すと同時にガゼルも急いでご神体へ走った！
（村長たちが来るまでに結界装置を止めなくてはならない…そして俺もその後、
村から早急に出るしかない！）
ガゼルはご神体に着き、急いでご神体の背中にある鍵穴にカギを回した。
ご神体の全長は21mであり、その中の空洞も広く、約4mほどの結界装置が設置されていた。
魔法障壁装置を操作するためには封印魔法を解く必要がある。ガゼルはへとへとな体で呪文を唱え始めた。
（村長の足で結界師を連れてここまで来るのにおそらく20分くらいかかるだろう。それまでに何としてでも間に合わせる…）
魔法障壁装置の封印が徐々に解かれていった…。
魔女マベルは、ガゼルが懸命に魔法障壁装置の解除をしている姿を水晶越しに観ていた。
「あらら・・本当に魔法障壁の解除を行うのね・・フフ・・」
マベルは笑みを浮かべながらガゼルの行動を観察していた。
「これから面白くなりそうね～。魔女会へ行くまでの暇つぶしになるわあ」
マベルは杖に乗って空を飛んでいた。移動しながら水晶を見ていたのだ。
（まるで歩きスマホのようだ…飛んでいるうちは障害物がないから危険では無いが…どっちかというと運転しながらTV見ているよな感じか…）
私は水晶をニヤニヤしながら見ているマベルの姿を見て、元いた世界のことを思い出していた。
（いつから私はここにいたのだろう…）
気が付けば私は魔女のフクロウになっていた…。しかしいつ何時こうなったのかは覚えていないのだ。そもそも自分の本当の名前も思い出すことができず、元いた世界のこともあまり覚えていないのだ。
水晶が映し出す映像を見て私は気分が悪くなっていった。1人の人間が必死にもがいている様を魔女が暇つぶしに観ているからだ。まるでドラマやアニメを見ているように・・・。
ガゼルは焦りと不安に押しつぶされそうになっていた…。
本当にこれでいいのだろうか…と。本当にこんなことをして娘は助かるのだろうか…と。
いろんな思惑が彼の中に渦巻き、胃の痛みが徐々に大きくなっていった。
そして呪文を間違えた。
「落ち着け…」
（俺はどうしたい…？娘を助けるんじゃないのか…？）
『本当に娘を助けたいなら村の一つや二つ売るもんでしょうが』
魔女マベルの言葉が脳裏に浮かんだ・・・。
そして再びガゼルは呪文を唱え始めた・・。
「もうここまで来てしまったんだ・・・もう引き返せない。」
「俺は村の人を裏切ることになる・・・・娘を助けるために」
一瞬ガゼルの脳裏に村の人たちの顔が思い浮かぶ。
何も当てのない自分を家族のように受け入れてくれたことや、
村のみんなと力を合わせて村おこしをしたことなど・・・。
（この村の障壁を解除したら皆はどうなるのだろうか…
きっと結界師だけでは村を守ることができない…。皆は俺のせいで…死ぬ）
（嫌だ…なんでこうなったんだ…俺が娘を連れて森へ出かけたから…くそ…なんで）
（知らなかったんだ…この村の近くに自分が倒せない魔物がいるなんて…魔女がいるなんて）
「許してくれええええええ！」
ついに封印を解いた。
そして魔法障壁装置に触れて、魔法障壁解除の操作を開始した。
「あは」
魔女マベルは水晶から村の方角へ目を向けた。
「結界が解かれた」
一方そのころ村長は結界師を連れてご神体へ向かっていた。
村の結界師であるサーベは気づいた。
「は？」
サーベは急ぎ足を止め、空を眺めた。
「どうした？」
村長はサーベの驚いた様子に不安を感じていた。
「結界が・・・解かれた」
森がざわめく・・・。
森に棲む魔物たちは一瞬にして理解した。
村の障壁が解かれたと・・・。
森の奥底でおぞましい会話が広げられていた。
「おい…村の結界が消えてねえか？」
骸骨姿の魔物がふとつぶやく。
「ああ…なんか知らんが結界の気配を感じない」
ライオンのような魔物が手を組んで寝そべりながら答えた。
「おいおめえらまだここにいたのか」
犬のような魔物が2匹の魔物に声をかけた。
「村の結界が解けたみたいで早速みんな村へ向かってるべ」
「おーそうなのか。まじで結界消えてんのか」
「もしかしたら久しぶりに人間の肉が喰えるのかな」
「あーそうかもしれんべ・・・俺らも行こうや！」
サーベと村長は急いでご神体へ向かっていた。
「魔法障壁装置に問題があったのか…」
村長はあまりの不安に焦りを感じていた…。
次の瞬間、恐ろしい雄たけびが聞こえた…。
「ヴォオオオオオオオ」
「魔物・・・！？」
村長とサーベの目の前には魔物が大勢いた・・・。
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